Heal-jam by SHOJIRO NOSE      music and insight


ヒールジャムはアーティスト能勢 祥二郎のサイトです。音楽と自然の関係、環境と人間の生き方を中心軸に、時事コラム、ジャズ理論、個人レッスンのギター教室等のコンテンツを記しています。携帯電話やスマートフォンでは横棒のある小さめの枠が左上等に表示されると思いますので、そこからたくさんのコーナーへリンクになっています。     Since  2000 Dec.


6月の梅活動や音楽探究についてブログコーナーにアップしました。写真も。

   2017年7月9〜15日 記

今まではいちいちリンクに飛ばずすぐ読めるように、コメントをこのメインページに毎回アップしていましたが、時代の流れにあわせてブログコーナーを作ってそちらにアップしてみました。まだこの「Jimdo」サービスの機能が少しずつ改善されていく途中なので、試験的にやってます。

 

Blog こちら


 

前前回アップした内容です。↓

★さすがにPHSからiPhoneに替えようかな〜からの科学の功罪と音楽
                    2017年4月3日〜16日 記

 今年は暖かくなるのが遅いですね。
まわりにある梅は咲きましたが、いまだに桜は満開になりません。
先週一瞬暖かい日があって7分咲きぐらいになりましたが、またすぐ寒くなってしまったので。寒戻りですね。でもね、本当に空気がおいしいんです。とくに小雨の後の匂いや微風、鳥の鳴き声、空の色などは、一種の空間芸術で、この満足感は都会では味わえないもの。
★音の作業ですが、ヒグラシの鳴き声のファイルをクリンナップする作業、正月からずっとこんつめてやっていますが、あともう一息のところまできて、とある原因で最後の仕上げが出来ません。なんとか仕上げて発表したいです。
★近年、私が影響受けた大好きなミュージシャンがたくさん亡くなっています。とても残念。
ナナ・ヴァスコンセロス
トゥーツ・シールマンス
パコ・デ・ルシア
こういった人たちは昨今の音楽大学でカリキュラムから学んだのではなく、幼い頃から身の回りの音楽を習得して行って、現場でつかんで行ったタイプです。オリジナリティーもあります。
そしてそれぞれの民族的な背景から出発して、ジャズやコンテンポラリーな表現と結びついて芸術性を高め、新たな方法論を生み出し、かつ大衆からも遠ざからないという道を示した偉人達です。
他にも偉大な足跡や革命を起こした人たち、
オーネット・コールマン
B.B.キング
ラリー・コリエル
チャーリー・ヘイデン
ジョージ・マーティン
亡くなって残念。
たくさんの録音を残し、コンサートで感動させ、また後進に道を開いた人たち。
レコードやCDで聴けばその息吹が蘇ってきます。音楽の素晴らしいところですね。絵画や彫刻も何百年も保っているものがあります。私も生きた痕跡を残したいな。
個々のミュージシャンについて時間があればいずれ詳しく書きたいです。

★ところで写真の携帯電話、これは私が現在も使用中のウィルコムのphsで、シャープ社製「Advanced/W-ZERO3 [es](WS011SH)」です。2007年7月発売でiPhoneやAndoroidが登場する遥か前に「スマートフォン」として世に出ました。
AppleやGoogleにたよらない国産スマートフォンともいえます。
ポケットコンピューターの機能を持っていて、Windowsのモバイル用OS搭載でブラウザも開け、タッチパネルも反応します。カメラも録音もできます。引き出し式にキーボードが出るので文字入力がしやすい。
だいぶしてから、現在のスタイルのスマートフォンが、一般化して来ました。TVのCMで俳優がアップで「ス・マ・ホ」と言って大文字で表示されて、広められて行った。(ほんとはスマフォだと思うのだが)
そして犬がお父さんの宣伝やゲームが使えることなどでアピールされて広まって行き、通信業者の血で血を洗う?吸収や合併などで今はおおむねiPhoneかAndoroidかという感じになってきました。風前の灯になってきましたが、微弱な電波を使うため、病院では医療機器に影響が出ないため重宝しているとか、災害時にケータイやスマホが通じにくかったのにPHSは大丈夫だったとか、バッテリーのもちがいいとか、電話機能では利点もあるのだけれど。
 私の場合、節約のためインターネット作業は家のMacでホームページ、メール、注文、ヤフオクなどやって、出先で使う必要はあまり無いのです。公衆電話が少なくなってしまったことで、移動中の緊急用に電話とメールができればいいので安いコースにしてます。
 ところが、ハードに限界があってタッチパネルが反応しなくなり、ヤフオクでひとつ古い方の機種WS007SHを3000円ほどで落札して、Simを差し替えて延命していたというわけです。まだ当分これでもいいのですが、先日なんらかの拍子に設定が変わってまったく通信できなくなってしまいました。ウィルコムは現在Yahoo!モバイルに吸収されたようなので、近くの量販店で質問したところ、古い機種ですが店員さんが熱心に調べつついろいろ試して、二人掛かりで、本部(技術担当?)に電話したり1時間強かかってなんとかもとの状態に戻りました。(感謝!)
 新しい機種も出ないしで、さすがにそろそろ一般的な「すまほ」にしたほうがいいのかな、とちょこちょこ検討はしていましたが、2年縛りでその後高くなるとか、出先で道を調べるのに便利なGoogleマップがiPhoneで使えない時期があったり、結局あまり使いこなせている人がいなかったり、アップルはFlashを拒否していて使えないとか、私にとって必要な道の渋滞を地図情報とリアルタイムで知ることができるか(無料で)などのこちらの疑問にたいして店員が詳しくなかったり、美大の後輩達が使っているのを見て画面が割れている人が多かったり、メールアドレスや電話番号が変わると告知作業をたくさんしなければいけないし、バッテリーのもちが悪いとか、格安Simが登場してどっちが得か、対応機種はどれか・・等もろもろの事情で機を逃していました。
また、利用中のADSL回線も営業停止にむかっているようで、光回線に変えないといけない日も近い。

 ところで私は震災以前からも、人間は精密機械やビニール製品系に頼らないと生活出来ないというのではいけない、というポリシー(わたくし木の棒で火起こし、できます。木の皮を灰で煮て漉いて紙を作れます。お米の種もみから田んぼ作れます。縄文土器式のやきもので食器や楽器作れます。)で、来ましたので「すまほ」を肌身離さず持っていなければならない、または責任を問われかねない、と縛られるのは好きでないんです。なぜ多くのユーザーが逐一自分のしていること、食べたもの、居場所を不特定多数の人に報告したがるのか気が知れません。いわゆるかまってちゃんとか、一種の露出狂が多いのかな。何かたいしたことしていないのに、頻繁にツィートしたり、流行のものを検索して忙しく見せて「意識高い系」と思われたいという「症候群」なんじゃないかなと感じてしまう。携帯電話が出はじめの頃に、人前で大きい声で会話するあさはかな人たちを思い出します。自分は忙しいんだ、重要な仕事をしているんだとアピールして、人より偉いと思わせたいのかな、という人たち(たんなるマナー不足なだけなのに)。
 ジャーナリストがチベットやクリミアから状況を報告するとか、自然災害が起きた時に被害を知ってもらう(迅速な救助につながるから)、テロが発生した時にまわりを撮る(犯人の手がかりが写るかもしれないし)などはとても意味があることなのだけれど。でもSNSをやって既読かどうか、返信しないのかとかなんか24時間縛られているような感じの人も多い。証券マンや商社マン、秒単位で争うデイトレーダーじゃあるまいし。
 一人でじっくり考えたり、何かの研究や調査にのめりこんだり、もの作りに没頭したり、連絡とれないところへと旅をしたり、ということをしなくなったんだね。これは芸術が深まらなくなった原因の一つなのではなかろうか。鑑賞する側もその経験が薄いから読み取れなくなる。常に流行に迎合したり、集団の中で「そろって」いたいくせに上位でありたいという日本人の気質を通信会社やIT企業が利用しているような気がしちゃう。
 充電は充分か、ウィルス対策は更新したか、今はマナーモードにしてあるか、OSはアップデートしたか、バグは無いか、無料Wi-Fiの場所はどこだ、パスワード何だっけ?とか、あれがインストールしていないからこれができない、これをインストールしたらこれが使えなくなった、迷惑メールをブロックしなければ、パケットが設定容量越えたかな?容量が不足だからバックアップとらなければ、・・本来の人間の姿からしたら必要ないものでしょう。
 音楽のしくみや手法を常に追求するとか練習するとか、語学を切磋琢磨していなければ・・とか体力が落ちないように運動しなければ、ということに常に心を使うというのは全く苦にならないんですけどね。
 とはいえ、人間の発明や進歩をすべて否定するわけではありませんよ。宇宙の謎を追い求めたり、自然の仕組みの解明、医学の進歩や論理的思考で、インフルエンザ・天然痘・ペスト等病原菌の感染を減らせる、迷信・因習で起こる無駄な死を減らせる、交通が発達して遠くの国を素早く訪れることができる、日常の家事の大変さをさまざまな機器で軽減できる・・ようになったという功績があります。しかし逆に兵器や汚染の犠牲者が増えたし、侵略・植民地支配が蔓延したし、飛行機が墜落したり客船が沈んだりという事故も。あるいはアメリカ大陸への移民によって免疫を持たない先住民たちが感染して何千万人も亡くなった。
 私は大学時代あたりから、原爆やチェルノブイリにはじまって、水銀病、酸性雨、森林破壊、土壌汚染、水質汚染など、科学の功罪を忌避するようになりました。そして現実に今、まさにミサイルが各地で飛び交い、地下水は福島でも豊洲でも汚染され、こどもたちが化学兵器に苦しめられ、遺伝子は組み替えられ、あらゆる通信が傍受され、と結局繰り返されている。
 どんなにマスメディアやアミューズメント施設、ゲームで楽しげなイメージが流布されても、一方で放射能汚染で家に帰れない人たち、農業や漁業等仕事を奪われた人たち、未だに仮設住宅で圧迫されて暮らす人たち、被災地から避難して来たこどもをいじめる低俗ゲスな家族、またしても無能&横柄な復興大臣に絶望する、といった理不尽に苦しめられる人たちがいるのが現実なのです。科学が発達しても「心の質はむしろ低下」しているかのようです。
 実は手塚治虫先生の「鉄腕アトム」が1950年代からこの科学の功罪と人間性との関係を問いかけています。レイチェル・カーソンの「沈黙の春」より前です。ぜひ再評価してほしいと思います。
 かつて北アメリカの先住民は何か新しい生活様式をとりいれる場合、長老達が集まって7世代あとまで安全か、何か悪影響や副作用がないかを長時間話し合ってきたそうです。その結果OKにならなければ取り入れない。例えば部族外からもたらされる便利なもの、誰かが思いついた新しい狩りの方法、新しい調理法、新しい薬効成分、など・・。彼らはその土地と一体化した生活様式だったので、地面なり動物なり草木に問うぐらいの感性で判断したでしょう。
 南米ですが、テレビの「陸海空 地球一周するなんて」の最初の特集でアマゾン奥地の先住民アワフン族を訪れる番組があってすごかった。芸人さん等を密林やアフリカの部族に行かせる番組は時々あるけれど、今回の放送は特殊だった。体力と適応力のある出演者、日本から行った野性的なディレクター、現地で調達していくガイド、そして部族の方々との有機的な反応によってかなり興味深い、生活の技術が取材された。私もアマゾンでインジオのおじさんに薬草等教えてもらったことがありますが、この番組では冒険家でさえも危険で近寄らないという奥地の未知の種族の領域に入っています。襲撃される場面もあった。
 また別の番組ではアマゾン源流域、ブラジルとペルーの国境地帯にいるという「隔絶された人々」という意味の『イゾラド』を取材したものもあって、こちらはかなり人間原初の生活様式で、意思疎通も難しかった。近隣で文明化して行く部族との抗争も起きていた。国の政策では少しずつ文明化させようとしているが、本人達は拒絶しているようです。
かなり考えさせられる映像群です。
 今、私たちは1世代あとへの影響さえ吟味せずに次々と利便性優先や新しい刺激のを取り入れています。その結果、土地は汚染され、遺伝子は組み替えられ、ゲームで自分は痛くも痒くもなくゾンビや敵兵を殺し続け、ゲーム中毒ネット中毒、ハッキング犯罪、24時間SNSを気にしていなければいけない、匿名によるネットでの誹謗中傷、でっちあげニュースに惑わされ、搭載カメラによる盗撮、などといった愚かな病いにみまわれているのです。
「イゾラド」のように、人類に害のあるものを遠ざけて純化した生活に帰るべきなのか(帰れるのか)、アワフン族のように必要最低限の文明だけ取り入れつつ部族を守るべきか、ではアーミッシュは?かつてのSource Familyのようなコミューンは?日本でも山奥等にある有機農業コミューンは?
1ヶ月ほど滞在する場合と、生涯その様式で通して生活するというのとでは全く違う話だから、安易に答えは出せない。
 私の場合どうしてもネックになるのが音楽を追究出来るかです。研究を深め、練習し、作曲し、アンサンブルを練り上げて、発表できるかが問題で、僻地のコミューンではこれを捨てないとならなくなる。これができないので、やはりある程度毒にまみれた生活をしなければいけないのかな・・
これは芸術家にとって一生ついてくる命題なのです。

★しかし古いPHSから「すまふぉ」にするだけでこれだけのことを考えるという人も珍しいでしょう(笑)。これでも音楽文化などかなり割愛しました。
でもね、この「すまふぉ」に使われているレアメタルはどこからきたのかとか、廃棄する時には土に帰るのか、とか精密部品の洗浄に有害な成分が使われていないか、トリクロロエチレンが地下水に捨てられていないか、吟味するのは無駄ではないでしょう。
  などなど考えつつ、iPhoneならば連絡機能だけでなく、楽譜の入力ソフト類で画面からタッチや音声で入力出来るものがあるので、思いついた時に断片を 書き留めて作曲も進むし、教則メソッド原稿も書き進められる。メモ録音も今まで使っていた重いレコーダーより迅速におこなえる。簡易シーケンスソフト等で ギター教室レッスン用の伴奏も作って鳴らせる。また、誰かに自分の作品を聴いてもらったり楽譜を見せる時にも持ち運びによい。
 ドイツ語やポルトガル語の勉強もメソッド音声を入れておいていつでも聴ける、WEBで文法を確かめたり。思いついた時に歌詞を書き留めたり音声メモしたり音声入力から文字 変換してテキストにしたり。今勉強すべきと思っている中世ヨーロッパ文学や伝説を、図書館へ行かなくても電子書籍で読めるようになるかも。であれば、むしろ創造のための道具として積極的にとりいれたらどうか、学習を促進させる機会として利用すれば、ということに なります。つまり移動電話としての機能とは別に音楽制作ツールや語学練習機としての機能を持たせれば意味が出て来る。どうせ使うなら、他の道具ではなかなか出 来ないことに利用する、アナログでも私はできるぞ、でも時間短縮になる、というというスタンスで、たんに自分のお楽しみではなく、誰かの救いになる作品を

生み出すことに有効利用していけば少しは贖罪になるのかな・・。
  活動資金の調達にはもう少しギター教室をアピールしなければいけないし、これからは音楽作品等、動画をYoutubeにアップしたり、ホームページがモバ イル端末でどう表示されるか確認もしなければいけないし、ということでiPhoneにしようかどうか・・と思っているところです。
 今まで使って いたPHSは、OSが私の嫌いなWindowsだったため利用出来るアプリケーションがないし、開発されて追加されたりもしなかった。だから最低限の電話 とメールでいいやという使用法になったわけだけども、これはPHSがジリ貧になっていった大きな原因でもあります。運営会社はこれに気がつかなかったんで すね。私はパソコンは、はじめはMS-DOSのノートPC(フロッピー時代)を使ったけれど使い勝手が悪かったので、Macを使ってきたけれど特に信者で はなく、不満もある。音楽制作や画像、HP制作に他に選択肢がないからというだけ。そしてゲームはやりませんが、音楽はもちろん語学、芸術学、文化人類学 などの勉強や、原稿書きに有効な機能が備われば利用したかったけれど、Windows系PHSにはそういう発想の豊かさ・広さが無かったんですね。
 ということでiPhoneに切り替えようかと調べ中なわけです。
で、同じぐらいの金額で端末代は例の2年縛りで実質0円、アドレスも変わらずいけそう、でキャンペーン中ということで踏み切りそうなところです。電話も10分未満は無料のようですし。
  ただ、4年近く前の機種iPhone5Sでのセットなのが気になるところ。私にとってはバッテリーの持ちが気になるし、アプリケーション動作の遅延はストレスの元なので、大きさと見た目はそっくりだけれどiPhoneSEにしたい。するとバッテリーがかなりもって、cpuがA7からA9で2倍の処理速度に なっている。カメラの機能も現行機種とほとんど同等で4kにも対応。(以前書きましたようにバッグと一緒にデジカメを失っているので)今までMacも MacBookも少し前の機種を安く買って手を加えて使うというアプローチでやりくりしては来ましたが、OSのアップデートに制限があるとか、メモリーの 認識に限界があるとか、バッテリーの持ちが悪いとか、重いとか、といったちょこちょこブレーキがかかるのに悩まされるので、選択を間違えないようにしたい。 iPhone5Sはすでに4年近く前の機種のため、2年縛りの最後の方だと6年近く前のものという状態になっちゃうから。
 でもSEにすると本体料金の差額分で1000円ほど高くなる、しかし今の移動電話の惰性的な延長ではなく音楽ツール、語学ツールの恩恵も増えるし無料通話も使えるとすればむしろ安いか、で迷うところです。
 本来音楽ツールとしては楽譜を操るのに画面が大きい方がいいので6S、できればPlusがよいけれど、高くなるのは困ります。最新の7 Plusがベストだがそれは予算で無理。
一方もう機能は飽和状態でそれほどめあたらしいことはおきないから5Sで充分という意見もあります。むしろ持ち運びには4インチのほうがよく6Sから大きくていやだというという人もいる。電車通勤で片手操作の人はそうかもしれない。
  よく格安SIMで月額2000円いかないくらいだ、と自慢する人がいますが、これには本体の値段が入っていない。自分でアップルで分割で買ったり、ヤフオク等でsimフリーの中古を探して落札したりしなくてはいけない。そうするとたいして安くはならない。中古ではバッテリーがどれぐらい持つかの要素も検討 が必要。へたっていて交換やら修理やらだと逆に高くなってしまうから。SIMロックがかかっているともとの通信会社との契約じゃないとロックを解除出来な いようだし、3000円ほどかかる、6ヶ月以上経っていないと解除出来ない、会社によっては拒否している、など制約があるので単体ごとによく調べないとい けない。SIMの契約自体は2年縛りは変わらないし、キャリアメールは使えず、大手が提供する付属のサービスは無い。テザリングが出来ない場合もある、店舗が無いのでサポート系が貧弱で、 電話の通話料金は高い。(Yahoo!モバイルでのSIM契約ならいい感じかもですが)となればメリットは2年間の途中で別の機種(SIMが対応するもので)に変えるのが自由という点かな。ただ、その機種を買うお金はもちろん自分で負担するわけだから、そんなにアドバンテージがあるとも言いきれない。使用 中の端末がヤフオクで高く売れたとか、率のいい下取りサービスがあれば買い替えの助けにはなるでしょうけれど。あとはたまたま誰かから中古でiPhone をもらえたとか、もともと対応する本体を持っているとかなら、お得になるけれど。普通に大手の本格的契約だとやはりべらぼうに高い。
 ★さて、電 話でカスタマーセンターに問い合わせたり、大手カメラ店に行って相談してみました。すると、各社ADSL回線の業務が終わるという情報に出くわした!だから光回線に切り替える必要が出て来る。iPhone自体を普通に購入(通信契約と切り離せない)だとかなり高いが、光を導入するセットだと割引がある。しかし工事が必要。たいてい初期工事費用は無料だけど。          むぅ〜・・それか。
すると、Airという無線ルーターがあるという。工事不要でスピードも速く、容量 無制限。部屋に置いておけばよい。素晴らしい。自分用のWi-FiのようなものでMac複数台で利用出来る。この製品は以前は無かった。これとセットだと まあまあ割引きが得られる。そして現在のプロバイダーやNTTのルーターを解約して経費を節約するという考え方。これは検討の価値があります。
  別のケースとして、今までのような出先での連絡はiPhoneでなく一番安いガラケー(スマホでなくケータイ)にして、もうひとつiPadとセットにするという 方法。このセットでの割り引きでも普通にiPhone6や7で契約するより全然安い。私は美術大学の油画科出身なので、タッチスクリーンで画像を書いたり 編集するのは表現の可能性が広がるのでやってみたい。だいぶ前、G3時代に「ペインター」でワコムのスタイラスで描いたり「Bryce」で簡易アニメーションを 作ってみたりしていたけれど、当時の処理速度では私のアイディアに追いつかない感じで、試しにアニメーションをレンダリングさせても10秒ほどに一晩かかったりとフラストレーションがたまった。今の性能ならどんどん描けそう。自作曲とあわせた表現もいろいろ展開出来そう。でもどうせならスタイラス(筆圧 感応型で手書き出来る)に対応しているiPad Proにすべきですね。毎週深夜ラジオで聴いているアーティストのD[diː](ディーと読む)さんがその性能に感動していたので、期待出来ま す。かなり緻密な手描きする人で、実物素材で制作する人だから、D[diː]さんが納得するなら、是非導入したい。もちろん第一目的の楽譜入力や表示、編曲も iPhoneよりさらにやりやすいわけだし。譜面台にそのまま置いて使う人もいるし暗いステージでも見やすい。重たい旧型のMacBookを持ち運ぶことから開放されるし。
 今よりは高くはなるけれど、これだけ 高機能のデバイスが使えるようになって仕事がはかどって、PHSの先行き不安が解消されるのであれば検討に値します。大きさは操作や視認性では12.9イ ンチが良いけれど、持ち運びには 9.7インチがよい。記憶容量が最小の32Gで節約するか、128Gや256Gにするか・・MacBookと違って後で増設出来ないのがつらいところ。金 額的には・・まあ9.7インチで32Gかな。

 最後に、大手カメラ店が運営する格安SIM。これが月1600円ぐらいなので、対応した iPhone中古6Sまたは6sPlusが見つかれば、選択肢としてはありですね。ざっと探して中古は35000円ぐらいなので、これを計算上24月で割 ると1460円ぐらい。あわせて3000円ぐらいだから、うまく進めばありですね。安心のためにはYahoo!モバイルのSIM契約で使えるiPhone が手に入るといいのですが、もとが「SIMフリー版」だと高いようだ。
 というわけで、切り替えるならしっかり有効に使える状態にと検討中です。こうしているうちに1980円コースが5SではなくSEのラインナップに変わっているようだし6Sが完売になってしっまったりで、日々情報は変わって行きますね。
まずは現在かかっている通信料を計算しなおし、ヤフオクや中古店舗で対応機種を探すことからか。しかしこれに時間とエネルギーをかけすぎてもいけないな・・すでに交通費と駐車料かかってるし。(笑)

       2017年4月3日〜16日 記


前回のコメント↓

★震災から6年が近づいて。

  芸術の意義、歌詞の文学性、おすすめアニメ、ヒグラシ。
           2017年2月12日〜18日 記
早いものでもう2月も中旬。時間め〜超特急だな。
日中はかなり暖かい日がありますが、夜はまだ寒いですね。
今年も古い電気ストーヴ1ッ丁とホカロンでなんとか乗り切れそうです。
学生さんはもうすぐお別れの季節ですね。慣れ親しんだ教室や友人・先輩たちの顔も見納め。ちょっと寂しくなる時期ですね。
でもそのあとに出会いが待っています。
また、まだ入学試験や就職で最後の追い込みに取り組んでいる人たち、くじけずもうひと頑張りしてください。どういう結果になったとしてもその場所その場所で人生の喜びと発見があるはずですから、あまり張りつめすぎずに、ど〜んとぶつかって行きましょう。
私は試験目的ではないですが、ドイツ語の勉強に図書館へリクエストしていた本がきて、少し角度を変えてじっくり進めています。

 もうすぐ東北大震災から6年が経とうとしています。
いまだに避難生活を強いられている人たち、ほんとに悔しいことと思います。毎日つらいことととお察しいたします。
 あの頃、あんなに多くの日本人がエネルギーとはどう供給されているか、自然の力の大きさというものを思い知って、電気やガソリンを節約していたあの気持ち、どこへ行ってしまったのでしょう。
のど元過ぎれば・・というのは日本人の特徴ですが、苦しい生活を強いられている人を尻目に享楽を謳歌する人たち、利権の裏工作で私腹を肥やす黒ダヌキ達、責任逃れで隠蔽したり押し付け合う泥ギツネ達、ことあるごとにイルミネーションできらびやかに過剰に電気を消費する姿勢、私は納得いきません。
沖縄で基地問題や犯罪の地位協定、オスプレイについてももっと考えなくてはいけません。だれかの犠牲の上にだけなりたつ平穏な生活なんておかしい。無知が上に成立するおしゃれなスマホ生活、なんとあさはかなことか。
 国としては今「止めてしまっている水力発電」を再開したり、太陽光・風力発電の効率アップ、バイオマス発電、波力発電や海水温度差発電の研究と普及に力を入れるべきだし、大学等の研究団体、ベンチャーへの援助をすべきです。
 オリンピックの施設増設やあのアホな競技場作り直しだの、豊洲移転での建設だの、これらに使われた資材と人材とエネルギーと予算を使えば、仮設ではない避難住宅はとっくに完成していたと思うし、津波対策や復興も進んでいたと思います。大切な資金が魑魅魍魎のふところへ流れ込んでほくそ笑んでいるのです。
 わずかにですが、築地移転問題や文部科学省の天下り問題などを暴いて追求する「勇気と力」を持った人たちがいる、こうした動きが救いです。
ぜひとも、私たちの税金をどのぐらい違法にせしめたかを明確にして、返還させて欲しいです。今までこうした事件で捕まった後、国庫金なり地方税なりにいくら返還されたと報道されたのを目にしたことがないので・・。
 天下りダヌキに支払われてきた膨大な額の退職金や、公務と称して使われた豪遊費、企業との癒着で使われたリベート、東北復興の為の予算を無関係で緊急でもない事業に回した・・こういうお金を本来のところに戻すだけで、たくさんの笑顔も取り戻せるはずです。
その額たるや日本の景気がたてなおせるほどでしょう。官僚のミスで消えたり少子高齢化で足りない年金だの、医療控除を下げるだのは一瞬で解決されます。税金をあげる前にまずやるべきことです。ン間違いないッ。
 そして政府の機関にそういう悪ダヌキ退治の監査部署はもちろん、お金を取り返す専門部署を作ってほしいです。さらにそれを正確に還付しているか監視する第3者機関も作るべきですね。(懐柔されたり、着服することにならないために)
 こうして、景気が少しでも回復して若い夫婦が安心して暮らせて出生率が増えれば、この先GDPなり働き手なり増えて国のためになるわけですから。やはり国のリーダーが正義感もって成熟した政治をおこなって行くのが「基本」ですね。
弱者を踏みにじって表面だけの成功を繕ったり、強者に振り回されて方針をあたふた変えるごますり政策では先が安心出来ないし、世界に恥ずかしいですね。

 逆に芸術家はもっと追求を深めて、目に見えているものだけに頼りすぎず、テーマになりうる核やコンセプトを練り上げてほしいものです。それには世界の歴史や哲学、場合によっては文学、神話や叙事詩、生物学などにたいしての知見も持つべきでしょう。かつてのユマニストたちはそうしたことを高いレベルでおこなっていました。今のように簡単にネットで調べたり本を入手したりできない時代、交通網も発達していない不便さの中、古文献の写本を探して、古い言語もあやつり、調べて分析・記録をまとめ、絵画・演劇・音楽を解し、自分の作品も発表する。
その中に為政者や貴族を揶揄したり、愛にまつわる残酷性、宗教に対する疑問、自然賛美、人間心理の掘り下げなども織り込んでいた。
  ところが昨今、どうも表面的な技法や目新しさ、現象にとわれがちのように思います。美術大学の作品を見ても、雑誌の芸術特集を見ても。
たんに現代の生活で目の前に見えているものばかりを題材にしているものが多く、しかもそれは冒頭に述べましたように、誰かの犠牲を必要としていたり、腹黒ダヌキや企業に知らず知らずのうちに誘導されている嗜好性ミスリードされているニュースに影響された価値観の上に成り立っているものだから、なおのこと意義あるものから遠い。たんなる「現象」に翻弄されているだけに感じてしまう。それを鑑賞する人がさらに現象に翻弄されて、これは芸術の役目から遠ざかっているのではないだろうか・・・。
 また、ミュージシャンも私たちをとりまく社会の問題や、平和に必要なもの、掘り下げて行く偉人達の人物像、イデオロギーの矛盾、生命の不思議などを題材にしたものがもっと出てこなければおかしいでしょう。
ノーベル文学賞をとったディランや、影響を受けたビートニク系の作家アレン・ギンズバーグ、彼が師とあおいだウディ・ガスリー、反戦の騎手ジョーン・バエズ、公民権運動の象徴とも言えるピート・シーガーといった人たちはもとより、PP&M、ジョニ・ミッチェル、ニール・ヤング、ポール・サイモン、ニーナ・シモン、ジャニス・イアン、のちにはスティング、スザンヌ・ヴェガ、ジュエル、こうしたポップフィールドながらも世界中で支持される人たちは、社会を冷静にとらえ、何が愚かしいことか表現している。強い精神と深い知性で、影で暗躍する勢力を糾弾している。だから「信頼」されるんですね。
 そして文学的知見と技術を持って綴っていることを忘れてはならない。日本人はここを見落としがちです。
彼らの背景には、多少なりとも古典や伝説の知識があり、名作を読んで、伝承曲もかえりみた上で現代作家の様式を吸収している、といった土壌があるのです。
詩を歌う以上、これを支える前提の確立に時間とエネルギーをさいているということです。
 たんに好きだよォ〜、会いたいィ〜を連呼したり、君の味方だよぉぉといった中学生が書くような「散文」ではないのです。
 バラエティー番組に出るよりもシェークスピアを読む、ファッション雑誌のインタビューに答える時間があったらケルアックを読む、ラブレーやマーク・トゥェインを読む。これは時間のかかることです。だからレジェンダリーなアーティストはあまりテレビ等に出なかった。まず作品ありきだから。テレビに出るならもちろん生演奏で。
 例えばディランがノーベル文学賞をとった時の日本の報道、ニュース系ではまともなものはひとつもなかった。まずキャスターがディラン作品を聴いていないし、プロデューサーが「Blowin' inThe Wind」か「Like a Rolling Stone」ぐらいしか知らんくてバックに流されてさわりを紹介するだけ。何十年前の使ってんだ。一方彼の変遷、1965年のニューポート・フォーク・フェスティバルでの電化ロック化問題、ユダヤ教からクリスチャンに改宗して「Slow Train Coming」からのゴスペル三部作(超かっこいい)で作風が変わったこと、不調時代を経てジョージ・ハリソン擁するトラヴェリング・ウィルベリーズでの活動、カトリック教会の世界聖体大会で教皇ヨハネ・パウロ2世の前で演奏なども紹介されない。USA for Africa (We Are The World)や南アフリカのアパルトヘイトを糾弾する「I Ain't Gonna Play SUN CITY」への参加も大きい。
その後再評価の兆しが出て来て2006年「Modern Times」ビルボード1位で返り咲いて、「Together Through Life」でまた1位に。ピューリッツァー賞特別賞(2008年)大統領自由勲章を受章(2012年)といった軌跡も触れられない。
そうして「Shadows in the Night」でシナトラの愛唱歌をカバーというまた別のアプローチに進み、昨年の来日公演でも絶賛されたわけですね。
 おそらく番組スタッフ、調べてもいない。たんにロックミュージシャンがノーベル文学賞、といった驚き面だけフォーカス。何を高く評価されたのか、どういうことがクリエイティヴなのか、触れない。Beee〜cau〜se・わからないから。
音楽番組でさえ同様。Bee〜cause・学んで来たプロデューサーがいないから。それが今の日本の音楽レベルを象徴しているわけです。なにもかもが浅いネットニュースと同化みたいな。重要性に関わらず並列された表面的概要の報告と1枚の写真。(しかも詳しい記事は有料で、の延長すら無い。)
そのくせ誰が結婚とか、こんなダンス(振り付けね)を披露したとか、誰と誰がコラボ、とか映画の主題歌担当、とかはしつこいほど取り上げる。別に深い背景もないからたいしたステイツメントもないのに根掘り葉掘り尋ねる・・。インタビュアー文化がないからボロの出にくい簡単なものに群がってしまうわけです。
 本格派、硬派、通向けの番組がないんですね。ちぇ〜ぽっぷのプロデューサーが出て来て、ちぇ〜ぽっぷの稚拙な内容をあたかもすごいことのように持ち上げて、のたまうのはよくあるが。むしろ、みうらじゅんや山田五郎が詩を解説してReiちゃんあたりにちょこちょこ弾いてもらいながらやればわかりやすく本格的になると思う。そこに完璧バイリンガルでシルキーヴォイスの加藤円夏さんが加われば最高。こういうこと思いつくコーディネーター、プロデューサーがいないんだ。
 もちろんペプラーさんや尊敬するジョン・カビラさんが参加してくれれば楽しく広がるし、キャロル久末さんが登場する回も作って海外で模索するリアルサイドの視点が加わればもう伝説的な番組になるでしょう。
FMの「今日は一日○○三昧」で洋楽深い歌詞の読みとき三昧なんてやるといいかもしれない。曲数をかせぐより、いかに原詩を訳しながらメタファー、オマージュ、韻律法修辞法、引用、メッセージ内容などを掘り下げるか、分かりやすくやる。できれば上記のレジェンドたちだけでなく、キング・クリムゾンやピンク・フロイド、Yes、ビートルズ、ブルース・コヴァーン、バフィー・セントメリー、スザンヌ・ヴェガ、ボブ・マーリィ、ピーター・ガブリエル、ビヨーク、ミルトン・ナシメント、ジョアン・ボスコ、カエターノ、伝承系でペンタングルやジョン・レンボーン、チーフタンズなども取り上げれば、海外のポップス、ロック界がいかに文学性・芸術性を含んでいて、リスナーがそれを聞いて耳が育ってきたかが分かると思います。また年代でこの曲の影響下でこれが登場している、といった歌詞発達の関連と変遷がわかるし、日本が完全に取り残されていることに気づくでしょう。歌詞のガラパゴス化。

 そうやって歌詞の深い有名洋楽ヒットを掘り下げる番組をやれば、日本のポップスも多少ましになるでしょう。リスナーも成長して質の高い作品を求めるし。(もしそれに答えられるアーティストが少なすぎるため余計CDが売れなくなる、と思ってやらないんだったら、これは悪しき政治家と同じ方策になっちゃう。サッカー過保護と同じ。)
 唯一ピーター・バラカンさんの番組はリスナーもレベルが高いので、割と詳しくやりました。ディランがアメリカでラジオ番組をやったものをインターFMで毎週放送したとき、その日の内容を訳して説明してくれたのがバラカンさんだったし。
 このラジオですが、私は、かなり以前ディランが「音楽家としてものを世に出すなら自分の少なくとも100年前ぐらいからのものは把握してから作るべきだ」と言っていて、全くそのとおり!と思う一方、彼はそれを実行した上での作品なのかな・・とやや疑問を感じてはいました。それを払拭させるほど、アメリカの古い音楽に関して詳しく、あの独特のダミ声で解説を加えたりジョークを交えてテンポよく、相当の回数やっていました。
 日本に未曾有にある、司会がミュージシャンのくせによく知らないでただ現在の企業的ヒット曲と自分の曲を流して、リスナー投稿の恋バナやゲストと食べ物のトークをする「あれ」とは全く別次元のものです。ほとんどアメリカポピュラー年代史としての資料性も帯びて来るほどだった。
 その上で「やっと私もクリスマスソングを歌うようなアルバムを作ってもいいような気がしてきているんだ」と語るわけです。その文脈でシナトラの愛唱曲やジャズ・スタンダードばかりをスチールギターをバックに一発録りで歌う、ということにつながるので納得がいくわけです。つまり一時的な思いつきやスポンサーからの指示ではなく、芸術家が文学的に社会を俯瞰でとらえる視点から、一般家庭での喜びや慣習といったある種ディテールでありながら普遍性につながるものへの視点へシフトしてきたのだと思う。
これは、よくある、世界に発信しようと気負ってやって来たけれど自分の趣味的な世界もやってみたいと思ったんだ〜、とか、やっぱり自分のルーツに帰ってみようと思ってぇ〜(しかも“Roots”を見ていないくせに)といったたぐいのものとは全く違うので勘違いしないようにしたい。

ア、今年は品よくと思っていたけれど、結局「能勢節」になってきちゃった。

とにかく、なかなかいい曲のない日本ですが、僕は田中茉裕(まひろ)さんの「小さなリンジー」のような作品には大きな可能性を感じ、希望を託します。
なんとかライブを聞きに行きたいものです。

 それにしても津波で土地を奪われたり、放射能の汚染で避難生活をしている人たち、なんとかしなくてはと思うのですが、私には資金も政治力もないので、とにかくこの人たちの気持ちを忘れずに、質素な生活をすることでエネルギーを無駄使いしないようにして、苦労と怒りの気持ちをともにすること。それぐらいしかできません。
そしてとりくんでいる芸術を高め、いつかこの人たちの役に立つようにしたい。
一時的に寄付したり物資を送っても、それで終わりじゃない。どんどん汚染水があふれて行くし、毎日の電気はどこから来るのか、原発の理由に火力発電だとCO2排泄が増えて温暖化に影響するからというのだったら、なおのこと節電が必要。これが一般市民の継続して努力すべきことだと思うからです。
今後もまた大きな災害は起きると思うし、しばらく電気が通じない状態で生活しなければいけなくなるケースもあると思う。
だから私の作る音楽において完全なアコースティックで表現出来るものも作らなければいけない。
それがギタリストでありながら木管楽器の編成をもとにした音楽を構築しようと試作と実験を繰り返している理由のひとつなのです。

★さて、やや話題を変えますが、おすすめということで。
昔からアニメーションは好きですが、朝などにやっている古い作品の再放送で面白いものがけっこうあります。少し前にやっていた「若草物語 ナンとジョー先生」そのあと放映中の「ロミオの青い空」は、ほんとにいい作品。こども達が困難と向かい合いながら成長して行く物語です。
キンキン声のメイドは出てきませんし、魑魅魍魎と魔法で戦ったり、海賊が殺し合ったり、親がブタになったりはしません。企業のゲームやライトノベルとタイアップしてません。もちろん現在の展開スピードや作画の緻密さからは古めかしく感じるかも知れませんが、たんに牧歌的、慈善的、文科相推薦というのとは違います。むしろ登場人物一人一人の心の変化や、生活と自然環境との関わり等、まっこう勝負という感じで、日本の正当派アニメーションの歴史を感じます。
「ナンとジョー先生」は何度も映画化された「若草物語」の第3部にあたるもので著者の実話をもとにした自然豊かな中の全寮制学校を舞台にしたもの。不良少年ダンがなかなか共同生活になじめず事件を繰り返し、どうやって心を氷解させて行くのか、平行して不遇のヴァイオリン少年が疑いを晴らして平穏をつかむまで、おてんばナンの天真爛漫さと失敗による挫折など。・・泣いちゃう。
今まで何度か書いていますが、実際に仲間がやっているこども達と自然環境の中で共同生活して学んで行く活動によく参加するし、私自身教員だったので、リアリティーもって感じ取れるのです。金パッチもんせんせーよりずっと内容は濃いです。
「ロミオの青い空」はスイスに亡命したドイツの作家の小説をもとにしてオリジナルに再構築した作品。小さな村で育ったロミオが貧困と謀略から人身売買されてミラノで煙突掃除をさせられるのですが、嵐との遭遇や、親方の家の性悪むすこや、町の不良少年団、病弱な少女との交流、離ればなれになった親友など、ハラハラする展開です。初回は平和な村の行事でややものたりませんでしたが、火事が起きてから怒涛の展開で冒険になります。
 こういう作品、今はなくなったね。・・と、いってもどちらも原作は海外の文学なんだけれども。世界名作劇場(フランダースの犬やハイジなどのカルピス系)のシリーズ。結局ヨーロッパの文学の深いこと、歴史の長いということを思い知らされるというのは前回も書いたわけで、今ラヴレーの「ガルガンチュワとパンタグリュエル」を図書館で借りて来て読んでいます。ところがこいつがまた難解かつ荒唐無稽で3行読むだけでクラクラして来るんですよ。
これはまた別の機会に書きます。

★最後に、ヒグラシ系で。
長年録り貯めて来たヒグラシの鳴き声ファイルを選んで、正月以降ずっと編集しているんだけれど、もうすぐ、ふたつ終わる。
何百というファイルから、今回は夜明け前の尾根での神秘的な鳴き声と、日中に川原で水の音と一緒に録ったものを選びました。編集というのは、例えば夜露が葉っぱからマイクの近くに落ちた時の音や、枝が落ちた音、小さな落石の音、近くを虫が飛んだ羽音などをCubase(音楽ソフト)でていねいに取り除いて、聴く人がゆったりと浸れるよう、自然な音響に調整するのです。
 一番難しいのは、現場にいれば分かる、遠くの沢の音やわずかな風で擦れ合う葉っぱのざわめき、小さな虫の鳴き声の集合、そうしたものが音だけを聞いた時にシャ〜〜とノイズのように感じてしまうかも知れないので、どのぐらい弱めるかなのです。かといってイコライザーでそれらをみなカットしてしまうと野の開放感、アウトドア感が失われてしまいます。これは自然の息吹なのだから。聴く人がどのようなスピーカーで聴くか、ヘッドフォンで聴くか、どのぐらいの音量で聴くかで適切な音質は変わりますので、どう設定するかが難しい。
1時間近い長さから40分ほどを選び、周波数を弱めたりしますが、かなり根気のいる作業です。1回試しに書き出すだけで20分以上かかって、それをチェックするのにまた時間がかかるのですから。そしてなおす部分があればまたやり直すということで何百時間もかかります。
1分、2分のものや人工的にループにしたものはあるでしょうけれど、山奥等でこれだけの長さのものを録ってきて、緻密に精錬するというのは世界でも私だけかな?
完成した音は、かけっぱなしにして、すごく癒される音世界ですよ。読書のBGMやランニングのお供にいいと思います。マインドフルネスにも最適。
これを発売して、東北支援に寄付しようと思います。

Oki-doooki, 筆の置き時, それでは、皆の衆、アウフ・ヴィダーゼーンだぜ〜。
         2017年2月12日〜18日 記

 



↓は以前アップした内容です。


--------------------------------------------------------------------------------------------------------------------

★オリンピック前に盗作予防
2016年8月3日

久しぶりの更新です。ハードディスクのOSのインストールしなおし、導入したパソコンへの移行、故障ハードディスクからのサルベージなどで時間がかかってしまいました。常にインターネット・ラジオを40時間ほど録音しながらドイツ語、ポルトガル語を勉強して、作曲、練習、ギター教室、さらに夜明け前と夕方にヒグラシの鳴き声などのフィールド・レコーディングにでかけるといった毎日で、なかなか新しいMac環境が完成しませんでした。でもオリンピックにむけてあらかじめアップしておいた方がいいと思うことがあるので、取り急ぎ更新いたします。
★熊本の地震についていろいろ書いたのですが、別コーナーで後日アップいたします。

★さて完全に夏ですが、もうすぐ開催されるリオのオリンピック・パラリンピックのオープニング、開会式でまた私のアイディアが無断借用されないか心配になったので、あらかじめアップしておきます。
 どういうことかというと、かつてカナダの国際的なパフォーマンス団体に入団するため、モントリオールや国際便でさまざまな資料を提出したのですが、大きな大会で「無断で使われて」しまったのです。オリンピックの閉会式、ワールドカップの開会式、彼らの音楽イベントで舞台で行われるパフォーマンスとして、など。もちろん連絡も無く、使用料どころか発案者の私の名前も出ません。
提出したのは上や右の図のようなカラーのパフォーマンス図と英語で解説をつけた図といったアイディア集のポートフォリオです。1999年に書いたものです。
この中から舞台装置や演技方法をそのまま使用されてしまいました。
しかも私の提案より劣化した状態で。
 それで、今回、もうここでいくつか公開してしまおうと思いました。ポートフォリアにはまだたくさんのアイディアを入れてありましたので。
もしリオのオリンピック・パラリンピック開会式(&閉会式)の中で以下のものに酷似したものが出て来たら「あ、能勢さんのアイディアまた無断使用されたんだ」と認識してください。
また、世界がほしがるアイディアの宝庫というわけですから、何か依頼したいことがあれば、ご相談ください。
★まずスーパーホッピングです。
これはこどもが遊ぶ、バネ付きの棒「ホッピング」を強化して高く飛べるようにして、アクロバットを含むダンスを展開するというものです。

金属の棒に手で捕まるT字の横棒と、足を乗せる踏み台で、これがバネで上下するようになっていて、ピョンピョン飛ぶ、あれです。これの跳躍力を スーパー高めるため、スプリングの素材、太さ、巻き数を工夫します。自動車やMTBのサスペンションなどで発達した技術を応用します。訓練したアスリート が使えばかなり高く飛べるでしょう。
もちろんパフォーマーの体格、体重に合わせて調整するわけです。考案した技として、
★ジャンプしている間にスティックを水平に1回転させてまたホールドして着地します。
★ジャンプしている間に手を離して両手両足でポーズをとり、またホールドして着地します。
★2人のパフォーマーが高く飛んで空中でお互いのスティックをいれかえます。
★ジャンプしている間に自分のスティックを時計の針のように大きく1回転させてもとの位置に戻して着地します。(ロックヴォーカリストがマイクスタンドを振り回すように。)さらに
訓練すればスティックと一緒に空中回転も可能でしょう。(スノーボードのように)★ハンドルのT字部分の上に逆立ちします。

★このイクイップメントですが、設置面となる接点はエラストマーを使用します。舞台床に付く傷や負担を減らす為です。
また、おおまかにふたつのタイプを設定します。もう一方はストロークが長く、深く踏み込んで高く飛べるタイプで、バレーボールでアタッカーと同じような跳躍動作です。スプリングのストロークが長く、ちょうどトランポリンで深く沈んだのが戻るのにあわせて加速して飛びます。空気圧のシリンダーを本体に組み込んでもいいでしょう。体重のあるパフォーマーが適しています。あまり小気味好い動作には向いていないでしょうけれど、演技中で大きく飛ぶ役に割り当てます。

 

スケートボードなどストリートのエクストリームスポーツに興じている人にある期間与えれば次々あたらしい技も生まれるでしょう。
★私の考案はたんに高く飛ぶ、危険な技を披露するというだけではなく、音楽に合わせ、バレーのように格調高く舞うところにあります。シンクロナイズド・スイミングやマオリ族の「ハカ」にも敬意を表したいです。
例えば9人で細かく飛んだりスピンしたりする中で4小節ごとの旋律の切れ目に全員が片手と視線で右をさすとか。3人ずつのグループで特徴のある、違う振りを割当て、舞台で小刻みなジャンプで行進して行き、すれ違うとか。ヴァイオリンのレガートなメロディーにあわせ、ジャンプせずに傾けたスティックで旋回するとか。コレオグラフですね。そうした演舞のなかに大技を入れます。
★飛ぶだけでなく、地面の上でいろいろな演技もできます。
例えばスティックを斜めに倒してT字ハンドルの端を片手で持ってもう一歩の手は伸ばしてバランスをとる。傾いたスティックに斜めに乗っている状態です。これを全員でぴたっとそろえる。観客の目が上下動に慣れている時に静止するのは効果があります。
ここで延ばした方の手を別のパフォーマーとつなげばさらにバランスとれます。
また、踏み台に片足を乗せ、別のスティックにもういっぽうの足を乗せてバランスをとり、肩に一人が乗っかって立ち、組体操のようにもできます。そこから飛び降りる時にまたスティックの踏み台に着地するとか。アメリカで発達したチアリーディングのパフォーマンスの技術も取り入れられます。
たんにアクロバットだけでなく、優雅でエキゾチックなダンスを見せるところが特徴なのです。
途中で音楽が止まり、実際のスプリング音や着地音を聴かせたりもします。そこに生声で歌って、ある種、儀式のような空間も演出します。
★また、ストーリー性を持たせて、演劇的な構成にすることも出来ます。例えばパフォーマーがホッピングを担いで歩いて来て、パントマイムでお互いに自分のスティック自慢をする。オレの方が高く飛べる、オレのほうが素早くできる、みたいな競い合いから仲間が出て来て、次々技を繰り出す。まあ、バトルものミュージカルのように展開するわけですね。
 あるいは特別な「伝説のスティック」があって、通常のジャンパーでは反応しない。それが物語のある状態でヒーローが可能にする。(そのときとっておきの技を繰り出して盛り上げていくわけです。)
 またはラヴェルの「ボレロ」のオマージュとして、酒場のようなところでホッピング・スティックがいくつもころがっていて、なんだこれは?と。いろんな人がいじってみるが、興味なく放置される。そこに主人公がきて、ジャンプし始める。いろいろな演技をするうちみなも興味持ってそれぞれのスティックで飛び始める。中央の主人公がやる技を円形のみんなもとりいれて、壮大な演舞となって行く。
 または、女性パフォーマが出て来てかわいらしく飛んでいる。それを口説く男性ジャンパー(もちろんパントマイムで)。これは衣装等で妖精の世界か神話をモチーフにしたロマン派のような演出です。別の男性ジャンパーがきて口説く。お互いにどちらが女性を魅了するか、さまざまな技を競い合う。そこに馬のような異形のかぶり物をした登場人物。娘に肩に乗るよう身振りで伝える。娘が肩に乗るとそのままスティックでジャンプする。娘が大喜びしているとかぶり物がユニコーンの姿に変わって、そのまま娘を乗せて舞台から去ってしまう。残された男性ジャンパーはきょと〜んとして見送る。など・・。
いくらでも思いつきます。
これをメイン演目でなく、他の演目の合間にショートストーリーとして登場させてもいいわけです。

いかが?見てみたくない?
---------------------------------------

★次に「不思議な音楽隊」です。
これは、音の出るしくみを使っていろいろなオリジナリティーのある楽器・音具を使って合奏するものです。
もちろん、ただ変わった音具を鳴らすというのではなく、図にありますように、訓練された体術に寄って演奏します。
★そのひとつで、ウォーター・シロフォン

瓶に水を入れ、マレットで打楽器として叩きます。これ自体は、昔からあるものですが、円形に並べて、通常届かないような方向もコントーションで、届かせます。
コントーションというのは、昔からある体の柔軟性で魅了する演目です。この信じられないポーズで、ガムランのような演奏をするわけです。一部マレットを持ち替え、ガラスならではのきらびやかな音も使います。
綱渡りによるコントラバス

私が普段演奏するメイン楽器はギターですが、弦楽器は、弦の長さと太さ(材質・質量)で音程が変わります。指で弦の途中を押さえると振動する長さがそこまでということで音程は高くなるわけです。そして弓でこすればヴァイオリンやチェロのような擦弦楽器、つま弾けばギターのような撥弦楽器、叩けばピアノのようになります。この原理を使い、綱渡りによって音程を決めて、その綱を弦として叩きます。それほど大きくはないセットで、綱の端は共鳴する箱の駒(ブリッジ)上を通ってから固定されています。高所でのタイトロープのスリルではなく、目の前でバランスをとって舞い、音程を変えるというところに主眼を置きます。

綱の上を素早く移動して、もう一人が鳴らします。綱のたわみを利用して軽く飛ぶと「開放」の音程になり、低くなります。もちろん大きなもので低い音ですから、通常のメロディーを素早く演奏するのは困難ですが、ジョン・ケージ的なアプローチの楽曲を設定します。また、訓練すれば、1/2、1/3、1/4といった地点で軽く足を浮かせて「ハーモニクス」という倍音を出せるかもしれません。

 私はブラジルの民族楽器「ビリンバウ」を持っていますが、これは弓のような形をしていて、金属の弦に石を押し付けて音程を替え、若干しなる木の棒で小刻みに叩き、ひょうたんの共鳴を使います。手にはカシシというシェイカーを持って同時に鳴らします。

 こうした、エキゾチックな音色ででリズムに重点を置いた演奏を取り入れるのです。また、隣に別の長さでもうひとセット設置して2人のコンビネーションによってメロディーやリフの種類は増やせます。このコンビネーションはアンデスのフォルクローレで、「シーク(サンポーニャ)」を吹く2人が息を吹き込むタイミングと選ぶ筒を変えることで、つながった旋律のように聴かせる手法を参考にシークエンスを作ります。例えばドレミレドと鳴らすにはひとりがをダウンビートで吹き、の担当の人はアップビート(裏拍)でド・ミの間のリズムで吹きます。すると、と・が組み合わさってとつながるのです。もちろん延ばす音や休符でもっと複雑になりますが。

私はかつてアイマラ族の来日公演を見に行きましたが、スペインに侵略されてギターやチャランゴといった弦楽器が入る前の伝統楽曲を演奏する際、この手法をたくみにあやつって倍音を含む低い音を大きく出していました。しかもボンボという大太鼓を叩きながらです。
 私のアイディアは現代美術的な印象を持たれると思いますが、スピリットは「土」に根ざした、古来からの文化をリスペクトしているのです。

スティール・パンをヨーヨーで叩きます

左の図のように球面内側のようにセットしたパンをヨーヨーを操って当てることで鳴らします。

2人が背中合わせ、向きを変えて方向を変えながら、先ほど説明したようなリズムコンビネーションを利用して、ミニマルミュージックのような音楽を奏でます。

 

★竹の空中シロフォン

2人がジャグリングのように筒を投げて交換しますが、それを空中で衝突させると音がします。これを利用して奏でます。

もちろん跳ね返ったものをキャッ チしなくてはいけませんから、訓練が必要です。タイミング、角度。手で持ったり支持体に固定しませんから、振動は阻害されず、さらに空中を移動しますので独特の音がします。

訓練次第で、手元に飛んで来た筒を、持っている筒ではじき返して飛ばせると思います。この時にも音がします。
材質と肉厚で音程を替えます。竹を切っただけの筒でも肉厚で密度があるとよく響きます。実物のシロフォンのように筒の中程を少し削ることで振動しやすくしたり音程を調節します。もちろん長さや太さを変えればかなり変えられますが、衝突のコントロールが難しくなりますので、サイズの違うものの場合はセットを持ち替えたり、別のコンビが担当します。

 

 

★次にストンプ・オルガンです。

空気で鳴らす鍵盤楽器には、教会のオルガンが古くからあります。小型で持ち運べるアコーディオン、バンドネオンなどがありますが、「ふいご」を足で踏むことで空気を送り込む楽器を考案しました。ハーモニカやアコーディオンと同様、鍵盤一つずつにフリーリードがついていて空気で振動して音が出ます。肩からかけた鍵盤を踊りながら足踏みポンプで空気を送って演奏するわけです。両手で演奏出来ます。
メロディカとか鍵盤ハーモニカとか手軽な製品もありますが、和音や低音を鳴らすにはかなり空気の勢いと量が必要です。とても口から送り続けるのは無理なので、足下のふいごを踏むと送られるようにしています。無いようにあわせたステップを踏んで踊るように弾きます。電気を使わずあくまでもアナログで。

★こうした楽器・音具群をあやつって、ちょっとボッシュの絵にでてきそうな奇妙なオーケストラというアイディアです。
もちろん私は音楽家ですので、作曲出来ます。エキゾチックで無国籍な博覧会的な曲です。
ヨーロッパの古楽的なイメージ、ミニマル・ミュージック、ジョン・ケージ的な通常音階でない音の組み合わせ、ピグミー族の輪唱、それらをあわせた、ネオ・ワールドミュージックのようなものです。
 パフォーマーの錬度にあわせて、それが出来るようになったのならこういう曲もできるはず、と作・編曲出来るわけです。

他にもいろいろアイディアがありますが、長くなりますので、このへんで。夜にまた追加しようと思います。 能勢

続きです・2016年8月3日 記

★あとバウンシング・クラッカーです。

昔クラッカーボールってありました。ふたつのプラスティックの球体を紐で吊るしてあり、タイミングよく上下に振るとお互いにぶつかって反発して、また戻って、というおもちゃです。上手になると下だけでなく、上側でもぶつけて倍の早さでカチカチやったりします。

この左の図は、そのクラッカーボールのような球体の振り子の大きなものを作り、人が乗るスリリングなパフオーマンスです。上に乗ったパフォーマーがブランコのように体重でこいで、徐々に大きな振りにして行きます。

もちろん球体はある程度の弾力があるエラストマー物質で衝撃が強すぎないようにしてあります。

見た目にはドーンっとぶつかって跳ね返り、ダイナミックなものになります。上に乗っている人は球の上でくるっと回転したり、ロープから離れて球体の上を歩いたり跳ねたりとパフォーマンスします。衝突の瞬間にお互いに反対の球に飛び移ったりも出来るでしょう。

 

また、下の面にぶら下がれるハンドル(とって)がついていて、別のパフォーマンスが空中ブランコ的な技を披露できます。勢いが出るよう体の振りでこいだり、足をかけて逆さにぶら下がったり、ぶつかる瞬間に反対の球に飛び移ったりします。  

これは、2つの民族、2つの文化が出会う時に反発するが、それを橋渡しする者もあらわれ、理解し合ったり、融合したりするということのメタファーなのです。

2人いるほうの球は質量が大きいので、もう一方をはじき飛ばしてしまいます。その時に体術でコントロールすると、2人乗りの方は衝突した時にほぼ静止出来ると思います。そしてはじかれた球が戻る時に、今度は止まっている方がはじかれる等、バリエーションができると思います。

 

また、ぶら下がっていない球で伝統的な「玉乗り」を登場させ、人員を増減したり、動きのスピードやダイナミズムを対比します。うまく行けば地上の球にも足にかけるフックをつけて、振り子の球にぶら下がって連結出来るかも知れません。

これもエキゾチックで映画音楽のような曲にあわせます。その曲を私が作れるところが、演技とシンクロさせられて、強みなのです。

 

さて、こうしたアイディア集、他に、下からの風で空中に舞う演技、(これは無断使用されました)それを周囲に配したトランポリンや昆虫のような衣装と組み合わせるもの、大きな時計の針をぐるぐる回し、そこに乗った孤独な救済者が支持する民衆の人数によってシーソーのように上下するもの(これは音楽イベントに無断使用されました)などもありますが、今回はこのあたりにしておきます。すべて1999年に書いたものだから17年ぐらい前です。今ならもっといい絵で表現出来ます。

それにしてもどのページにも必ず私の名前とサイン、住所と電話番号を書いていたのに、無視してあちこちで使われました。まあ、スキャンして削除したりしたのでしょうね。佐野られたのですね。しかし原案より劣化した状態で使われるのが余計イヤになります。そうじゃないのに〜という形で。そしてだれか悪いやつのところにお金が流れたんだな、というところがまた悔しい。

 それで、残りのアイディア、どうせ使われるなら、先に公開しておこうというわけです。

以前、フランスの国立サーカス学校でパントマイムを教えていた知人に、このアイディアどうかな、ってお見せしたら、うかつに見せない方がいい、アイディアを盗まれるよ、と真剣に忠告されました。その時はアートパフォーマンスをする人たちにそんな悪い人はいないでしょう、って思っていました。でもいるんですね。そして大きな企業団体になってくると、スカウトマンだけでなく、そういうサノラー要員が世界中でパクってきて組み合わせるのですね。海外の組織は恐いな〜。

 ダ・ヴィンチにはおよばないけれど、私も現代の(プチ)ユマニストとして作曲・演奏だけでなく絵画、オブジェ、アイディア実用品デザイン、ステージデザイン、独自の楽器作り、作曲法や即興理論につながる練習メソッドの考案、と広範囲に取り組んでいたのが、佐野られるのを懸念してエネルギーを音楽だけにフォーカスしていました・・が、こうした能力をもっと公開してもいいかな・・。という気にはなってきました。実はSFめいた小説を少なくとも3つは下書きしてあります。これを映画化または漫画化してくれるスタッフも探してはいますが・・。ネット上でアニメーションとして公開するのも面白いですが、時間がかかるし、お金がない。クラウド・ファウンディングというものを使わせてもらう日がくるかも。

当座は取り組み中の小管弦楽団による室内楽ジャズやボサノヴァの確立をメインにドイツ語の上達、ポルトガル語の上達、ビジネス英語の勉強に集中したいです。

 あそうだ、ン10年、何百と録り貯めて来たヒグラシの鳴き声の発売を緊急におこなわなければ。それもたんなるCDではない形にしようと思っているのですが。これは東北大震災の被災者を支援する為にも使うのです。だれか共同で作業してくれればいいんですけれど・・。

   2016年8月3日 夜  記

 

-------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------


ご覧のページはリニューアルしつつあるバージョンです。

  この「冒頭コメント」は次の分に更新したあとは「コラム」のほうに載せることにしました。このメインページに長過ぎる時は短くまとめたショート版にして、コラムコーナーの方にもとのバージョンを載せることもあります。  こちら→コラム  過去に書いた内容から重要なものは新しくコーナーを設けて再録しました。→過去コラム

-----------------------------


↓一昨年秋の内容です。★今だ捜索中なのでこの記事は残しておきます。

もとの詳しい内容はコラムのページで→こちら

 

リュックをなくしてしまいました。残念。

   2015年11月3日 記

オレンジ色に黒のストラップ類で、頑丈なハンドル(持ち手)がついたデイパックをなくしてしまいました。11月25日(日)の夜に小平市鷹の台付近か、あきる野市でなくしたと思うのですが、わかりません。

 

 中に、音楽ノートを3冊入れていました。しかもそのうち1冊はここ2年間ぐらいの、ハーモニーの研究成果を書いた分厚いものです。これが一番くやしい。

 他にはオリンパスの小型デジカメ、ギターにとりつけるカポダスト2個(しかも片方は特殊なパーシャルカポ)。楽譜用の筆記用具類。などなど・・。

 

 もしどなたか拾った方、私に連絡お願いいたします。

こちらです→ generate311-heal○yahoo.co.jp 

○を@に変えてお願いします。迷惑メールに仕分けされないよう件名に私の名前「能勢」と書き添えて頂けると助かります。

 または「お問い合わせ」のコーナーのフォームから送信頂くこともできます。

お近くの交番に届けていただけるのでもありがたいです。

中身をばらばらに散乱して捨てられた可能性もあります。デイパック以外に単体で上記のノートや品々を発見された場合もぜひご連絡お願いいたします。

 

 製品はまたお金を貯めて買うことは出来ますが、音楽ノートを失ったのが悔しい

 もしリュックを拾った人が中身をばらばらに捨てていたとしても、このノートだけでも誰か拾って届けてくれたらいいのに・・と祈っている毎日なのです。

 

   2015年11月3日 記


↑前の内容の写真です。記事はこちら→コラム

-----------------------------

 


本格コラム

もとはメインページに冒頭コメントとして書いていましたが、時事問題についてなど長文になって来たので、別ページに仕立てました。

このコーナーは私が思うことを書いています。終戦記念日に思うこと、学んだこと、音楽について探求したこと、などなど。かなりの文章量なのでリンク先にアップしてあります。月刊誌か季刊誌ぐらいのつもりでどうぞ。

ソロギターマガジン

ギター1本での表現方法を追求する、演奏例の音源つきWEBマガジンです。(無料)
マル秘の内容てんこもりです。音楽の歴史からメロディーの作り方、コードの換え方、ベースラインに、アドリブ。ギターを弾く方はPCの前にGを構えて、実際 にマネしてみて下さい。音の位置関係がわかります。もしギターでなくピアノを弾く人でも、意外と参考になると思います。クラシックの伝統和声とジャズの コード手法をつなぐようなポジションです。楽器をやらない人も、EXナンバーを順にクリックしていくとmp3音源で、単純なメロディーがだんだん精妙な ハーモニーに変化してジャズテイストに変わっていくのを聴くことが出来ます。

第2号 「経過音~withリハーモナイズ、アンティシペーション~」 

ギター教室
こちらは個人レッスンで、出張で行っております。まったくの初心者から上級、プロのかたまでどうぞ。ボサノバ、ジャズもOK。1時間2800円からで長時間にも対応可能です。相場を調べて頂ければお分かり頂けると思いますが、格安です。
 アコースティックでもエレキでもガットギターでもOK。作曲やアレンジに興味のある方やアドリブの仕組みをマスターしたい方、音楽の仕組みの疑問を解決したい方は特にお勧めです。
 ちまたの短時間グループ・レッスンでは納得のいかない方、お仕事で定期的に通えない方、一人で伴奏とメロディーを同時に弾きたい方にはぴったりと思います。
★学生はチケット制にしました
詳しくはこちら→
詳細

キーボードコースを開設しました。
普段ギターを弾いているけれど、作曲やアレンジ、DTMのためにピアノも弾けるようになりたい、という人のための個人レッスンです。

詳しくはこちら→詳細

Neighbor Nature Ever

「ネイバー・ネイチャー・エヴァー」

身近に有る自然を紹介するコーナーです。

現代の生活ではなかなか日々の自然 の変化を味わうゆとりがありません。私も以前そうでした。忙しくて朝も夜もなく頑張って、気がつくと紅葉は終わって葉が落ちていたり。そこで、主に近所に ある自然の変化をとらえて紹介しようと思います。特別に遠くまで旅行しなくても、意外に美しいものと出会えるものです。
忙しかったり体の状態で外に出て変化を味わえない方、このコーナーで外の空気を想像して楽しんで下さい。

写真をクリックすると拡大されます。



完熟梅ジャム作りました。&ヒグラシ初鳴き

★完熟梅ジャム作りました。&ヒグラシ初鳴き!

続きを読む

連休の薪割り

Event Headline

続きを読む 0 コメント

過去コメント再録のコーナーを設けました。

コメントのコーナーの下の階層に作りました。それにしてもこのブログタイトルの文字、小さく調節出来ないかな?

0 コメント